エクセン物語

中国への進出と、草加工場全面リニューアル

エクセン物語 第3章
第4話 : 中国への進出と、草加工場全面リニューアル

 バブル崩壊後の不況は長く続いていた。国内消費の落ち込み、公共投資の激減、建設業界にとって長く暗いトンネルの時代が続いた。苦渋のリストラも実施し、さらなる生産体制の効率化をはかるため、会社として何をすべきかは、多くの会社の課題だった。

 そのころ、多くの中小企業が目をつけていたのが中国の存在だった。戦後の日本を思わせるような高度経済成長。広い国土に、13億人以上の人口。成長率、可能性は無限大にあるかに思えた。とはいえ、日本をはじめとした資本主義世界の論理が常に通用するとは限らない。エクセンでは、平成13(2001)年頃より工場進出等の検討を重ね、幹部社員が何度か調査に行っている。そこで出た結論は、中国で作った製品を中国で売ることは難しい。が、草加工場のコスト削減のためならば進出する価値はあるとのものだった。
 そこで、中国工場は日本向けの部品製造を行うこととし、あくまで草加工場のコスト削減のためと位置づけた。もちろん「中国で作っても日本と同じ品質」、「ワンワールド、ワンクオリティ」を合言葉に、それが実現できなければやめる。というポリシーの元、平成15(2003)年10月、浙江省嘉興市に、、愛科昇振動機械(嘉興)有限公司(以下、中国EXJX)を開設。稼働初年度から黒字達成。平成17(2005)年には、同社に第2工場を完成させている。
 
 平成18(2006)年からは、今後3ヵ年中期経営計画をスタート。「売り上げ構造の変革」を経営方針に掲げながら、社員を定期的に中国EXJXでの視察研修に参加させることも開始。国内では各所に開設していた支店、出張所を統廃合することで、経営の合理化を推進し続けた。
 また、平成21(2009)年には製品やサービスの品質保証を通じ、顧客満足向上と品質マネジメントシステムの継続的な改善を実現する国際規格ISO9001:2008を認証取得(翌年にISO9001:2008に更新)。同年からの3ヵ年中期経営計画を「第3の創業」とした。
 この年、4代目社長を継ぐ予定の林哲平が、協力メーカーで4年間の修行を経て、取締役海外事業部長として入社。平成23(2010)年には中国EXJXの総経理として上海に出向。帰国後の平成25(2013)年からは、昭和54(1979)年から30年以上経過した草加工場のリニューアルプロジェクトチーム(EC-CP)を発足させ、プロジェクトリーダーとして新たな風を会社に入れ始めた。
新しい草加工場の完成は、創業100周年になる、平成27(2015)年6月のこと。新たな工場は随所に植え込みなどの緑化が推進され、かつて分かれていた事務棟や技術棟は同一の建物内に入った。ここからまた新たなエクセン製品が生まれていくのである。
 
 余談ながら、初代林茂木は技術、2代目義郭は営業、3代目秀一はシステムを得意とし、経営方針にもそれが生かされていった。4代目となる哲平は茂木と同様の技術系との評価もある一方、環境問題への関心が高い。これからにどう生かされていくのか、大いに期待していただきたい。