09年アラスカクラブ 蓬莱機長FDA路線搭乗宴会記
クラブページの更新も滞りっぱなしでしたが、久々にそれらしい集まりが出来ました。
08年4月で日の丸航空の定年を迎えたメンバーの蓬莱君ですが、その後静岡は清水の老舗「鈴与」さんが設立した富士ドリームエアラインズ、FDAに運航部長(パイロット部門の親方)として転職。
色々報道された富士山静岡空港の立ち木問題や県知事辞任とかもありましたが空港開港(08年6月4日)後の7月23日、ついに真っ赤なエンブラエル1号機は蓬莱キャプテンのもと静岡から小松へのFDA101便として飛び立ち、めでたく就航とあいなりました。
現在のところは静岡から小松、熊本、鹿児島へと赤と青の2機での運行ですが、松本空港から札幌、福岡の路線も押しつけられそうな雲行きなのは、いいことなんでしょうかねぇ?
業界で口の悪いのはFDAさんのことを「KO航空」と呼んだりして、、、何しろオーナーの鈴木与平さんは慶応航空部の大OB、FDAのボスとなられたSさんはぼくらグライダー部員の教官されてましたし、空港グランドサービスの社長は1年上の熊さんことKさんさんだし、営業も2年上のピーターさんことIさん、1年下でJLのディスパッチャーやってたNさんもいるし、、、
牧の原市坂口205x番地、、、ホントに茶畑以外ナニもないFDA本社ですが塾出身が多いのは間違いありません。
就航直後に蓬莱便に乗る会が結成されたのですが、時と共に運賃も段々こなれてきましたので、北陸でのカニの解禁に合わせて09年11月xx日 ついに決行の時を迎えました。
わざわざ小松ー静岡の飛行機に乗る為だけに集まったのは、蓬莱のJALラストフライト(那覇918便 http://www.exen.co.jp/boss/alaska/ )
にも搭乗した、銀座越後屋、N自動車関連のNさん、静岡からもFDA関連のヘリコプターのTさん と小職の4名。
まずは羽田集合で全日空便で小松へ飛び金沢へ。
ド~~ン 青色のタグは石川県にあがったズワイ蟹の証明! タグ付きガニと申せば判る人だけに判る高級品。
カニで宴会やるとみな無口になっちゃいますので割烹「なかや」の女将のはからいで、ちゃんとホグしてくれての登場です。
ちなみにこのタグはN家のゆりちゃん(♂10歳)の名札代わりに再利用もされているとか、、、猫とカニの相性ってどうなんでしょうかしら?

宴もたけなわの頃には「まー社長!久しぶりじ~」と、エレのママさんも登場してきて、甲羅酒でできあがった一同はネオンまたたく片町へ
越後屋さんは歌の代わりにダンスです。
明けてxx日、夕方の蓬莱便まで近江町市場を覗いたり、21世紀美術館のプールの底や雑草の展示に感心したりして時間をつぶし、鶴来の町まで走行し蕎麦で腹ごしらえの後は、友人のガラス芸術のアトリエや万歳楽でおなじみの小堀酒造さんの蔵見学と盛り沢山。
ちょうど今年の新米での仕込みが始ったところで、口の中でピチピチとはじける大吟醸新酒の試飲は格別でした。
頃はよしと、本日最後の見学場所 小松空港向かいの県立航空プラザではお目当てのYS-11機のシュミレーターを楽しみましたが、ちと残念だったのはせっかくANAさんから払い下げられた本物フルモーションSIMなのに、パワーレバーは動かないしサウンドも無し。
仕方ないんで、越後屋操縦で羽田の海に落ちそうになった時には「ウィーウィー テレインテレイン プルアップ!」と警告音を口でしゃべって遊んでいたら、プラザの説明職員さんも楽しかったのか「レフトターン ベイブリッジくぐりましょう」と特別コースを案内して下さいました。
北陸特有のしぐれとなった小松空港を新品のエンブラエル機が上昇してゆきます。
(本当はね 操縦って言うよりも、ランウェイにアラインさせたら、TOGAスイッチぽんと入れればパワーが上がっていって離陸。コパイが足上げたら計器盤のダイアルをクリクリっと飛行高度(FL32とか)に合わせてオーパイエンゲージすれば最適パワーで登って行っちゃうんですわ 今のパイロットさんのお仕事って、全飛行時間中本当に自分で操縦してるのは2%ほどと言われています)
伊豆半島からぐるっと回り込んで、灯りのきらめく東名をまたいで静岡空港へ着陸です。
ここはしょぼいILSしか設備されていないので、オートランドなんてできませんから、蓬莱キャプテンがフレアしてパワーを絞ってポジティブランディング気味にRWYへ着けたのが良くわかりました。
わしら4名は客席でパチパチッと拍手。他のお客様はちと怪訝顔。客席向いて座ってる事情を知ってるCAさんが笑いをかみ殺していました。
降機前にCAさんにお願いして機内記念撮影の4名。
気の毒にコーパイさんは一人残って最後の点検をされていました ごめんなさいね。
空港敷地を出てしまうと真っ暗な中を、制服を脱いだだけの機長ご自身運転の自家用車に全員便乗させてもらい東名を走り静岡市内へ。
ここでもまた宴会になったのは言うまでもありません。
飲み話しですからいつ実現するか?ですが、、せっかく鹿児島路線もあるのですから、次回は知覧、鹿屋の特攻基地慰霊と指宿での宴会 と話しだけは盛りあがって、静岡での夜も更けてゆきました。
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